高野山 徳川家霊台~隠れた名所(開創1200年特別開帳)

「波切不動尊前」バス停からちょっと奥まったところに徳川家霊台があります。金剛三昧院から歩くと15分くらい。刈萱堂からなら、ゆっくり歩いて20分くらいです。

徳川家霊台

歴史は日光東照宮よりも古い

徳川家霊台は、三代将軍・家光によって、祖父(家康)と父(秀忠)を祀るために建てられました。造営は日光東照宮よりも先です。江戸前期を代表する霊廟建築物であり、重要文化財です。そして世界遺産でもあります。

もともとは大徳院(現在の蓮華院。場所は今の南院のところにあった)の裏山だったので、大徳院の管轄でした。現在は金剛峰寺か管理しています。

今回、この内部が開創1200年記念に特別公開されました。拝観料は¥200。秋にも10/1~11/8まで再度公開されます。

徳川家霊台6

知っていると面白い、2つの霊屋の相違点

霊屋は2棟あり、向かって右が家康のもの(東照宮とも呼ばれる)、左が秀忠(それに対してただの御霊屋)です。二つの霊屋は外観はほぼ一緒ですが、彫刻は微妙に違います。

例えば…
家康霊屋向拝斗組間

徳川家霊台4

対して、秀忠霊屋向拝斗組間

徳川家霊台5

家康のものは中央に虎が配され、両脇を龍と麒麟の2霊獣が固めています。これは家康が寅年生まれだからです。これに対し秀忠の霊屋は、中央がウサギで、両脇が虎です。

察しの良い方はもう理由がお分かりでしょうか。

そうです。ウサギが虎に喰われようとしているところです。…ってそんな訳はありません^^;。

秀忠は卯年生まれであり、両脇の虎=家康に守られているということを象徴したものです(霊獣の代わりに東照大権現が守護神となった)。

ただの飾りのような彫刻も、職人の腕や幕府の権力を見せ付けるためだけのものではありません。それぞれ意味があり、それを理解してもう一度見ると、もっと他にも謎解きがあるのではないかと見方が変わります。ただ美しいな~だけではない発見があって面白いですよ。

通常非公開の内部は想像以上の美しさ

とはいえ、徳川といえば日光東照宮であり、すぐにあの煌びやかさを思い浮かべてしまいます。この徳川家霊台は外観が白木造りなので、遠目には枯れた神社のように見えて、日光東照宮と比べるとちょっと見劣りがします。わざわざ見に来るほどでもなかったかな?と若干後悔も^^。

ところが、です。

そこは徳川のすること。近くで見ると、彫刻や金具の装飾をふんだんに施しています。

家康霊屋

徳川家霊台2

秀忠霊屋

徳川家霊台3

特に霊台内部の絢爛さは日光東照宮に負けていません!

一見、豊臣秀吉を思わせるような金ピカですが、細工や壁画もしっかりしているので、やはり芸術品。格調の高さがあります。

厨子は金箔張りではなく、全面(台まで)金蒔絵です。しかも、一段ごとに模様を変える凝りよう。壁画は外装と同じモチーフで、家康は松といろいろな鷹が、秀忠は竹と獅子が金箔の上に色鮮やかな絵の具で描かれています。

徳川家霊台7

普段非公開なので、色褪せることなく、本当に美しい状態で残っています。建造だけで10年を掛けた、小さいながらも大作です。

でも小さいので(しつこいですが^^)、オペラグラスか単眼鏡があると便利です。あまり期待をしていなかった分、かなり感動しました。

やはり中心部から少し離れているので、壇上伽藍や奥の院と比べると人が少なく(常時10人ほど)、のんびりしています。見学者が途絶えると、もう一度見に行ったりして、十分堪能できました。

厨子の中身は蓮華院に。特別公開も

現在は、この中には位牌のみ安置されています。以前厨子に祀られていた、家康・秀忠の座像は11/30まで冒頭でご紹介した、蓮華院(旧大徳院)で特別公開されています(拝観料¥1,000、説明と記念品付)。

この蓮華院には、家康の念持仏だった薬師如来像も安置されているのだそう。

今年は奇しくも家康没後400年です。その割にはあまり特別朱印は出ていません。有名どころでは京都の知恩院くらいでしょうか(年内いっぱいはいただけるようです)。この徳川家霊台でも、特別なものではありませんでした。

高野山徳川家霊台御朱印

この後、南院(波切不動尊)にも寄ったのですが、別の機会にご紹介します。

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