森鴎外・太宰治が眠る寺 霊泉山禅林寺とたいやきの名店

前回ご紹介した三鷹八幡大神社の隣に霊泉山禅林寺はあります。通りには大きな駐車場があり、入口がかなり奥まっているので、見落とさないようご注意。

霊泉山禅林寺

浄土真宗から黄檗宗へ

明治の神仏分離令以前はひとつだったので、歴史は八幡大神社と同じですが、初めは浄土真宗本願寺派のお寺でした。

禅林寺の前身のお寺は、元禄時代の災害で壊滅的な被害を受け、廃寺となりました。その後、黄檗宗の僧の手によって建て直されたので、浄土真宗から黄檗宗に改宗となり、同時に名前も「禅林寺」に変更になったのです。

黄檗宗のお寺は中国式なので、禅林寺の門構えもちょっと異質な感じがします。この中央が両サイドより高い、山型の門は牌楼(ぱいろう)式、あるいは漢門と呼ばれ、中国独特のものです。

ちなみに上の写真の勾欄(柵・手すり)の卍崩しの文様も中国の禅寺に特徴的なもので、黄檗宗の大本山萬福寺でも見ることができます。
霊泉山禅林寺入口

森鴎外・太宰治のお墓

禅林寺は文豪、森鴎外と太宰治のお墓があることで有名です。
森鴎外ははじめ、墨田区向島の弘福寺にお墓がありました。しかし、関東大震災で寺が被災し、その場所が隅田公園になったため、同じ宗派であった禅林寺に森家の墓地が移されました。

太宰治は…ご承知のように愛人と玉川上水で自殺した方。その時代、自殺した方が堂々と名前を入れたお墓を建てるのは珍しいと思います。まぁ、人気作家ですからね。

このお寺に入ったのは、尊敬する森鴎外と同じお寺に入りたいという本人の希望からだとか。もっとも、檀家さんからは当時、猛烈な反対があったそうです。

文豪二人のお墓は、斜めに向かい合って建っています。太宰治のお墓はちょっとドキッとするお墓。いや、普通のお墓なんですけどね。少し陰気に感じるんですよ(「お墓だもん」と言われればそれまでですが)。ひょっとすると、墓石の字がすごく深く掘られているから暗く見えるのかも。

それに比べて、森鴎外のお墓は一般のお墓と馴染んでいます。一度通り過ぎました。墓石には「森鴎外」ではなく、本名の「森林太郎」とあります。

どうもお墓の写真を撮るのは気が引けるので、写真はありませんが、せめて場所を。

森鴎外,太宰治墓所

御朱印は火曜日が休み

禅林寺の御朱印は「事務所」でいただきます。こちらは斎場も営んでいるので「事務所」なのだと思います。本堂は門をくぐって左奥になりますが、事務所は正面の自動ドアの建物です。

霊泉山禅林寺御朱印

事務所の営業時間は9時~17時。毎週火曜日は休業日(春秋の彼岸中、7月のお盆期間中は開館)
本堂への参拝・墓参は毎日可能。8時~日没。

私が訪れている間にも、入れ替わり立ち代わりお墓参りに見える方がいました。

たいやきの名店「甘味処 たかね」

禅林寺からの帰り道、人が絶え間なく買いに来るたいやき屋さんを見つけました。天然のたいやき屋さんです。(天然=1個ずつ焼く方式、養殖=縁日や駅前の店でよく見かける、一つの型で8個ぐらいをいっぺんに焼ける方式)

甘味処「たかね」

たいやきは焼きたてが命。例によって、すぐにパクついてしまいました^^。ですから全体像を見ていないのですが、薄くてカリカリのたいやきでした。

このたいやきは尻尾から食べるのがオススメ。尻尾は特に薄く焼かれていますが、餡はちゃんと入っています。カリカリパリパリ感を楽しめます。逆に時間をおいてしまうと、この食感は消えてしまいます。買い食いの特権!

熱さが落ち着いてくると、カリカリだった皮はもちもちした食感に変わります。普通のたいやきは「ねちねち」した感じになるのですが、こちらのは「もちもち」。胴の辺りは餡もたっぷり詰まっていますので、ちょっと団子を連想します。

1ヶ180円。

1953年創業のこのお店。実は、たいやきよりも喫茶のほうが人気が高いようです。特に「品評会に出されたお茶」を飲むと忘れられなくなるんだそう。子供の入店を制限されているので、大人の隠れ家といったところですね。

今度は、お茶を飲みに三鷹に来たいと思います。

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